東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)41号 判決 1972年3月09日
東京都中央区日本橋中州七番地
原告
小駒商事株式会社
右代表者代表取締役
小川雅也
右訴訟代理人弁護士
荒川正一
東京都中央区日本橋堀留町二ノ五
被告
日本橋税務署長
高橋三郎
右指定代理人
平山勝信
同
森脇勝
同
堀井善吉
同
塩谷英夫
同
稲永封吉
右当事者間の法人税更正等処分取消請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一申立て
(原告)
一 被告が原告に対し昭和四二年一二月二七日付でした原告の昭和三九年四月一日から昭和四〇年三月三一日まで、昭和四〇年四月一日から昭和四一年三月三一日まで、昭和四一年四月一日から昭和四二年三月三一日までの各事業年度の法人税更正処分および加算税賦課決定処分ならびに源泉所得税、同加算税課決定処分は、いずれもこれを取消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
(被告)
主文同旨。
第二原告の請求原因
一 原告は、紙製品の販売を目的とする会社であるが、申立掲記の各事業年度の法人税につき別表(一)の各確定申告欄記載のとおり確定申告したところ、被告は昭和四二年一二月二七日付で同表の各更正処分等欄記載のとおり更正および加算税賦課決定処分をし、かつ同日付で別表(二)の各賦課決定欄記載のとおり源泉所得税、同加算賦課決定処分をした。
二 しかしながら、右各処分は違法なのでその取消しを求める。
なお、右各処分に対する行政不服手続の経過は、前記各別表の各該当欄記載のとおりであり、各裁決の結果は昭和四三年一二月二日原告に通知された。
第三被告の答弁および主張
一 請求原因事実のうち、本件各課税処分が違法であるとの主張は争うが、その余は認める。
二 本件各課税処分の経過は次のとおりであつて、右各処分は次に述べるとおりいずれも適法である。
(一) 法人税について
(1) 昭和三九年四月一日から昭和四〇年三月三一日までの事業年度分(以下昭和三九年度分という。)について
被告は、原告が申告した所得金額一一、四一七、九八六円に(イ)売上計上もれ三、八六〇円と、(ロ)受取利息計上もれ一、三六〇、五四五円の合計一、三六四、四〇五円を加算し、所得金額を一二、七八二、三九一円と認定して、国税通則法二四条に基づく更正処分と同法六五条一項に基づく過少申告加算税二一、六〇〇円の賦課決定処分をしたものである。
(2) 昭和四〇年四月一日から昭和四一年三月三一日までの事業年度分(以下昭和四〇年度分という。)について
被告は(ただし、被告のした同年度分の更正ならびに賦課決定処分につき審査裁決の結果一部変更、取消等を受けたので、その結果について示す。)、原告が申告した欠損金額一三三、三六〇円に(イ)受取利息計上もれ一、三八〇、四七一円を加算し、(ロ)事業税相当額一六三、七二〇円を減算し、所得金額を一、〇八三、三九一円と認定して、国税通則法二四条に基づく更正処分と同法六五条一項に基づく過少申告加算税額一六、七〇〇円の賦課決定処分をしたものである。
(3) 昭和四一年四月一日から昭和四二年三月三一日までの事業年度分(以下昭和四一年度分という。)について
被告は、原告が申告した所得金額一、〇六〇、〇六六円に(イ)売上計上もれ一九七、六七一円と、(ロ)受取利息計上もれ一一五、〇三九円を加算し、(ハ)事業税相当額六六、四六〇円を減算し、所得金額を一、三〇六、三一六円と認定して、国税通則法二四条に基づく更正処分と同法六八条一項に基づく重加算税額一六、五〇〇円の賦課決定処分をしたものである。
2 右の売上計上もれおよび受取利息計上もれを加算した根拠は、次のとおりである。
(1) 売上計上もれについて
昭和三九年度分の三、八六〇円と昭和四一年度分の一九七、六七一円は、いずれもそれぞれの年度における東京都港区芝新橋一丁目一一番地、三栄株式会社に対する売上高である。
(2) 受取利息計上もれについて
(イ) 原告はその代表取締役である訴外小川雅也(以下訴外人という。)とその親族が原告の株式の総てを保有する法人税法二条一項一〇号にいう同族会社である。
(ロ) 原告は、訴外人から同人所有の東京都中央区日本橋馬喰町二丁目二番地所在のビル一棟(鉄筋コンクリート造、五階建、延五四一、一二平方米以下本件貸ビルという。)を保証金二、〇〇〇万円、賃料月七万円、賃借権存続期間昭和三六年五月一日から同四一年四月三〇日までとの定めで賃借していた。
一方、原告は、昭和三九年三月三一日現在において、訴外人に対し一三、六〇五、四五四円の貸付金債権を有していた。
(ハ) 原告と訴外人は、昭和三九年四月一日付をもつて、本件貸ビル賃貸借保証金を四、〇〇〇万円に増額する契約を締結し、その結果原告は訴外人に対し二、〇〇〇万円の債務を負担することにしたうえで、右同日付をもつて右債務と原告が訴外人に対して有する前記貸付金債権を対当額において相殺した。
(ニ) しかしながら、賃貸借契約継続の中途において本件保証金を前記のように増額した行為は、一般の取引慣行ないし契約理念に反する異常かつ不合理、不自然な行為であり、また、訴外人に対する貸付金と増額保証金を相殺したのは、非同族会社ではとうてい行なうことのできない異常なものである。すなわち、原告の右行為計算は、原告がもつぱら訴外人によつて支配されている個人会社であるためになしえたものであり、その目的が法人税の負担を不当に減少させるにあつたことは明らかであるから、被告は原告の右行為計算を法人税法一三二条に基づいて否認したものである。
しかして、右否認によつて、原告は訴外人に対して無利息の貸付金債権を有することになるが、さらに右無利息貸付金について前記同様の理由によりこれを否認し、以上の結果、通常の利廻りによる利息相当額が各事業年度の益金の額として認定されるべきこととなる。
よつて、被告は原告が訴外人から受取るべき利息を次のとおり計算し、各事業年度分の益金に加算した。
昭和三九年度分
元本 一三、六〇五、四五四円(前記貸付金)
利率 年一割
利息計算期間 自昭和三九年四月 一日
至同 四〇年三月三一日
受取るべき利息 一、三六〇、五四五円
昭和四〇年度分
元本 一三、六〇五、四五四円(前記貸付金)
一九九、二六〇円
計 一三、八〇四、七一四円
利率 年一割
利息の計算期間 自昭和四〇年四月 一日
至同 四一年三月三一日
受取るべき利息 一、一三八〇、四七一円
昭和四一年度分
元本 一三、六〇五、四五四円(前記貸付金)
一九九、二六〇円
計 一三、八〇四、七一四円
利率 年一割
利息の計算期間 自昭和四一年四月一日
至同四一年四月三〇日
受取るべき利息 一一五、〇三九円
元本債権のうち昭和四〇年度および四一年度の一九九、二六〇円は、訴外人が負担すべき源泉所得税を原告が負担したことにより生じた債権を、前記未払保証金六、三九四、五四六円と対当額で相殺していたものであるところ、前記と同様の理由により受取利息を認定したものである。
(二) 源泉所得税について
課税標準等の内訳は次のとおりである。
<省略>
右表のうち、売上計上もれ相当額は、いずれも原告の顧客である三栄株式会社に対する商品の売上げであるところ、原告はこれを売上高に計上せず、かつ、当該売上除外相当額を各除外時に原告代表者小川が費消領得していたものである。
右事実により、被告は当該金額を原告が原告代表者に対し支給した賞与と認定したものである。
また、受取利息認定相当額は、前記のとおり、原告が昭和三九年四月一日付が行なつた本件保証金の増額および当該保証金と訴外人に対する貸付金との相殺の各行為計算を否認したことに伴い、原告が受取るべき貸金利息として各事業年度の益金の額に加算した利息認定額である。
右の利息認定相当額は、原告が各事業年度において訴外人から収入すべきものであるところ、原告はその請求権を行使していないものである。これは、原告から訴外人に対して供与された経済的利益であるから、法人税法上右金額に相当する額は、原告代表者に対し支給された賞与と認定されるものである(法人税法第三五条第四項括弧書)。
(三) しかして、前記各賞与と認定した金額につき、被告は、所得税法および国税通則法の規定に基づき、源泉所得税の納税告知処分をなし、不納付加算税の賦課決定処分をそれぞれ行なつたものである。
第四被告の主張に対する原告の認否および反論
一 被告主張の本件各課税処分の経過および原告が原告と訴外人間の本件貸ビルの賃貸借契約に関し昭和三九年四月一日付をもつて従前の保証金二、〇〇〇万円を四、〇〇〇万円に増額し、右増額分二、〇〇〇万円の債務と原告が訴外人に対して有する貸付金債権一三、六〇五、四五四円とを対当額において相殺してことは認める。
二 右の保証金増額および相殺が否認されるべき行為計算であることについての被告の主張は争う。
原告と訴外人間の本件貸ビルの賃貸借契約における当初の約定による賃料一か月七万円、保証金二、〇〇〇万は、異常なくらい低額に過ぎたので、賃料および保証金の増額の特約に基づいて保証金を増額したのである。すなわち、右増額は従前の異常な状態を正常の状態に引直した趣意であつて、異常、不自然ないし不合理な行為ではないから、法人税法上否認されるべきものではない。
また、原告と訴外人間の本件相殺の行為計算は、原告の経理としては、資産勘定のうち訴外人に対する貸付金債権一三、六〇五、四五四円が消滅し、あらたに同人に対する同額の預け保証金債権が発生したこととなるのであり、けつきよく、金銭債権勘定科目間の振替処理が講ぜられたことになるのである。もし、右相殺をせず、したがつて右振替えをせずに、訴外人に対する貸付金債権を存置すれば、原告の昭和三九年度分の損益計算上は被告のいう受取利息一三六万余が生じて法人税増となるが、他面、原告は訴外人に対して支払うべき預け保証金二、〇〇〇万円を他から調達せざるをえず、これに対する支払利息が少なくとも二〇〇万円(利率年一割として)は生ずることとなつて法人税減となるのである。すなわち、本件相殺の行為計算を否認すれば、結果においてかえつて法人税減となるのであるから、本件相殺は否認の対象とならないものというべきである。
第五証拠
(原告)
甲第一、二号証、第六号証を提出(第三ないし第五号証は欠番)。
鑑定人阿部諄の鑑定の結果、原告代表者本人の尋問の結果を援用。
乙第一三号証、第一五号証の一ないし三、第一六号証(ただし、書込み部分を除く。)、第一七号証の各成立は認める。第一六号証の書込み部分およびその余の乙号各証の成立はすべて不知。
(被告)
乙第一ないし第一四号証、第一五号証の一ないし三、第一六ないし第一八号証を提出。
証人稲永封吉、同山本道一の各証言を援用。
甲号各証の成立をすべて認める。
理由
本件課税処分の経過については当事者間に争いがなく、本件の争点は原告が原告と訴外人との間における訴外人所有の本件貸ビルの賃貸借契約に関し昭和三九年四月一日付をもつて従前の保証金二、〇〇〇万円を四、〇〇〇万円に増額し、右額分二、〇〇〇万円の債務と原告が訴外人に対して有する貸付金債権一三、六〇五、四五四円とを対当額において相殺した吉行為計算を、被告が法人税法一三二条に基づいて否認したことの適否にあるから、以下右の争点につき判断する。
法人税法一三二条は同族会社のした行為又は計算で、これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは、その行為又は計算にかかわらず、税務行政機関の認めるところにより課税標準額又は税額を計算できる旨を定めている。
右の法意は、同族会社においては非同族会社の場合には行なわれないような益金の減少、損金の増加をもたらす行為計算をして租税の負担を免れることが容易に行なわれがちであることに鑑みかかる場合には右の行為計算にとらわれずに、客観的に是認されるべき経済的実質に即した課税を図るため、通常の取引関係において行なわれるような行為計算に引直して課税することにあるのであるから、法人税の負担を不当に減少させるという前記要件の有無は、同族会社のした当該行為計算が通常行なわれる経済取引の形態に照らして異常、不合理なものか否かによつて、これを決するのが相当である。
そこで、まず、原告と訴外人との間の前記保証金増額に関し、右の基準に従つて前記要件の有無を検討する。
ところで、貸ビル契約において一般に保証金という名称で授受される金員は、その性質が必らずしも一様ではなく、例えば滞納賃料あるいは契約不履行に基づく損害賠償の担保又はいわゆる建設協力金等の諸種のものがあり、当該保証金がそのいずれに属するかはそれぞれの具体的場合によつて決するよりほかないことである。しかし、当該保証金の性質如何にかかわらず、契約当初の金額を契約関係の継続する中途において増額するについては、相応の理由の存在しないかぎり、合意に達することが困難であることは、通常の賃貸借であれば理の当然というべきことである。ちなみに、証人山本道一の証言、同証言によつて成立を認められる乙第一四号証、証人稲永封吉の証言によつて成立を認められる乙第一号証、同第九号証によれば、貸ビル契約において、中途で増改築、設備改善、貸借面積の増加等のないかぎり、保証金額を増額しないことが本件貸ビルの所在地域における取引実務のほぼ定着した慣行とされていることが認められる。
ことに、原告代表者本人の尋問の結果によれば、本件貸ビルの賃貸借はその建築当初から原告が建物全部を一括して借受けたものであつて、契約当初の保証金の二、〇〇〇万円という金額は、訴外人が要した本件貸ビルの建築資金を基準とし、これに充分見合うものとして定められたものであることが認められるから、右保証金額の中途における増額については格別の合理的理由が要求されるものというべきである。
原告は契約当初の二、〇〇〇万円が異常に低額に過ぎたので増額の特約に基づいて増額した旨の主張をしているけれども、首肯できない。けだし、低額は合意をするについてはそれなりの特別事情が存在したはずであつて、かかる事情を無視し、増額の特約があるからといつてそれのみを理由として増額すべきいわれはないからである。のみならず、当初の二、〇〇〇万円がたとえ近隣に比してその数額において低額であるにせよ、前記のように保証金には諸種の性質のものがあるところ、前示認定によれば本件保証金が建築資金を充足するものとして定められたいわば建築協力資金的性質をもつものと解せられるので、後にいたつて近隣との比較においてその多寡を問題にすべき筋合ではないものというべきである。原告のいう保証金増額の特約の存在についても、原告代表者は賃貸借契約書(甲第六号証)第六条(事情変更の場合の賃料等の増額の約定)所定の「賃料等」に保証金が含まれるから右特約が存する旨の供述をしているけれども、右契約書において、第四条(賃料)、第五条(諸経費)の次に右条項があり、保証金についてはそのあとの第七条に規定されていることからみても、また、前記認定のような本件保証金の性質からみても一般そのようには解しがたいというべきであるし、前記認定のように保証金は中途で増額されることのないのが通例であることからみれば、右約定は保証金の増額に関するものではないと認めるのが相当である。
また、原告代表者は保証金を四、〇〇〇万円に増額することは賃貸借契約締結の当時から予定していたとの趣旨の供述もしているけれども、むしろ前記認定のとおり二、〇〇〇万円の額をもつて充分なものと考えていたのであつて、右供述は採用できない。
その他には、本件保証金増の理由について主張も立証もない。
以上、要するに、本件保証金の増額はなんら首肯するに足りる合理的な理由がなくして行なわれたものというべきであつて、通常の取引形態に照らし、異常、不合理なものであると断ぜざるをえない。
しかして、前示認定の事実と本件口頭弁論の全趣旨によれば、右のような異常、不合理というべき本件保証金の増額をしたのは右増額によつて原告の訴外人に対する二、〇〇〇万円の保証金支払の債務を生ぜしめたうえ、この債務に対し原告の訴外人に対する前記貸付金債権を相殺の用に供して右債権を消減させることにあつたことが推認され、右認定を動かしうる証拠はない。してみれば、右相殺もまた異常、不合理なものといわざるをえない。
原告が同族会社にあたることは原告の明らかに争わないところであるから、以上によれば、保証金を増額し、それによつて生ずる前記債務を貸付金債権と相殺して右債権を消滅させたことは、法人税法一三二条所定の要件に該当するものといわなければならない。
原告は、右行為計算は、これを否認すれば、結果において昭和三九年度分の法人税減となるから否認の対象とならない旨主張するけれども、右は原告において昭和三九年度に現実に増額分保証金二、〇〇〇万円を支払うべき他から借入れたものと仮定した場合の主張であつて採用のかぎりではない。
したがつて、被告が原告の前記行為計算を法人税法一三二条に基づいてした否認は適法というべきであつて本件各課税処分には原告主張の違法が存しないものといわなければならない。
よつて、原告の本訴請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高津環 裁判官 内藤正久 裁判官 佐藤繁)
別表(一) 法人税関係
(昭和三九年四月一日から昭和四〇年三月三一日までの事業年度分)
<省略>
<省略>
(昭和四〇年四月一日から昭和四一年三月三一日までの事業年度分
<省略>
(注) 「課税標準」欄の△は欠損金額であり、「法人税額」欄の△は所得税額の還付額である。
(昭和四一年四月一日から昭和四二年三月三一日までの事業年度分)
<省略>
別表(二) 源泉所得税関係
(源泉所得税の内訳)
<省略>
<省略>
(源泉所得税の課税処分の経過)
<省略>